地域での集団による見守りアプローチ:地域包括ケアの未来 ホームエレクトロニクスカフェ

地域での集団による見守りアプローチ:地域包括ケアの未来

ホームエレクトロニクスカフェ



今後高齢者はますます増加し、地域で独居も増えていく。孤立し、支援を必要とする高齢者が増えてくるという見立てがあり、独居老人や下流老人などの情報の尻先端に群がるマスコミや学者などによる言葉が一人歩きしています。

地域の人々と一緒にカフェを作るというアプローチの背景には、行政による配食サービスや登録ボランティアによる見守りの制度があり、民間でも、見守り機能のある機器やサービスが作られ、個人的に活用する人が増えている一方で、地域の近所付き合いは減り、町会や敬老会の組織率は年々低下しているという現実があります。そこで自助と共助の力を見直そうという動きが出てきました。私たちは、自助、共助、公助のすべてが活発に機能することが必要であり、ホームエレクトロニクス・カフェはその取り組みの1つであり、高齢者の自助を主体としたインスタレーションという独創的なアプローチを展開しています。

行政の見守りサービスは行政が内容を決め、市民にその決められた内容を委託する1方向的なものです。ホームエレクトロニクス・カフェの場合は、市民が地域づくりの主体として自ら運営し、内容を工夫する。地域の高齢者の人材を活用し、団塊世代には会社勤めを終えた企業の各部門のプロ、料理上手な主婦、クリエイティブな自営業など様々な高齢者が点在しています。その皆さんがカフェをきっかけにして出会い、退職後役割がなく家に閉じこもりがちだった方がカフェ運営に関わる中で自分の役割を見出し、生活に活気を取り戻すなど見違えるように生き生きとする。高齢だからといって、皆が人に世話されることばかり望んでいるわけではありません。それよりも、仲間と健康に楽しく生活したい、社会貢献したい、社会の認知を得たいという意欲のある方が多いのです。地域に暮らす人間同士の対等な関係から生まれるやりがいや楽しさという求心力を高齢者自身の手により構築していくということがホームエレクトロニクス・カフェの大きな存在理由であると言えます。

社会包摂 の取り組みへのアプローチー

高齢者が中心となって、障がい者、難民・外国人を中心に社会的排除から解放し、

「支えられる側」から「支える側」へ転換する。

社会的排除という表現は、「不利な条 件に置かれた人々(social disadvantaged)」という言葉 がつかわれています。どちらも社会的差別を受けてきたマイノリティの存在 が大きく、単に経済階層的にみて貧困であるという意味 ではありません。世代を越え長年にわたって不利な状態におか れ、社会構造的に不利な状態から抜け出すことができな い人たちを意味します。 これからの地域や都市の形成においては、これらの社会的に排除された人々 を包摂してゆくものでなくてはなりません。包摂(inclusion) の中身が問われてきます。恩恵的・ 同情的な包摂、保護の客体として考慮されるのではなく、 社会的に排除された人々が地域や都市の主体として登場 しなければなりません。疲弊地区や災害地区の再開発では、プラン づくりにか地区の住民や被災者が参加し、意思決定に加わる必要 があります。貧困問題の解決のためのさまざまなプランづ くりには、貧困の人々自身が主体的に参加する必要があるのです。

ホームエレクトロニクス・カフェの事業内容には廃家具、廃家庭電気製品,などの〝アップサイクル〟によって,社会的に排除された貧困の人々に就業に機会と自立のための所得をもたらすのみ ならずホームエレクトロニクスカフェを通じて,損なわれた 人間性を回復するユニークな試みです。これは、 ホ ー ム レ ス ピ ー プ ル が 社 会 的 に認知される権利を擁護することを目的としたヨーロッ パ・プロジェクト“世界を作る:大きな広場の作業所” を参考にしたものです。

ウィーンのURBANのプロジェクトは、失業者の雇用促進を兼ねて、壊れた洗濯機を直すしくみをつくるという事業です。これにより、疲弊地区に集まって居住する失業者の人たちの生活を再生させていきます。家電製品を修理して再利用する割合を高め環境問題に寄与する。社会的なサステイナビリティと環境的なサステイナビリティの一石二鳥を狙い、ささやかながらその地区や都市の経済活動につなげていこうというプロジェクトなのです。

ホームエレクトロニクスカフェは、家カフェに見立てたキャッシュ・フォー・ワークの地域における自宅公共化運動です。パブリックな空間でありながら、プライベートな空間です。その ため、その利用に関しては、一般的な商業施設とは異なる独自のマナーとルールが必要になってきます。

一般的に日本人が考えるパブリックとは、そのような空間が公共機関によってつくられていて、人々はそこに行くと公共的なふるまいをしなければいけないという漠然としたものではすが、ホームエレクトロニクス・カフェは、個人個人が〝オープン〟にすることによって各自のもつ価値にアクセスができる。そして、そこからパブリック空間が生まれるという考え方により存在しています。

普段は、自分一人だけいるとき家はプライベートな空間だが、お客がくれば、その空間はパブリックになります。つまり、パブリックとプライベートは対立する要素ではなく、何をプライベートにして何をオープンにし、パブリックにするかということを個人が自分自身で選んでいく自己決定性にあります。

自らの部屋をオープンにしてシェアすることで世界中に宿泊先を提供したり、手料理を地域の人とシェアするといったさまざまなシェアリングサービスは、個人個人がいろんなリソースをパブリック化し、シェアすることで、みんなにとってのメリットや価値、経済、市場が生まれるのです。




















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